とあるエントリを読んで職業的な権威付けについて考えた

5月15日付けの、とあるエントリが話題になっています。
『放射能を正しく理解するために』(文科省発表)に込められた巧みな“トリック”を大阪の精神科医が指摘しています。 - Eisbergの日記
私もつい先日、上記ブクマ経由で読みました。すでに地下猫さんが反論エントリをあげていらっしゃいます。

科学はかならず被害者の力になる

ほかにも、あの「精神科医」の発言はソースもわかんにゃーし、そもそも文科省の文章 ※PDF注意を思いっきり誤読しておりますにゃ。文科省の文章には、津波地震などの災害とPTSDの関わりは確かに書いてあるし、放射線心理的ストレスが放射線被曝より有害であることも書いてありますにゃ。でも、放射線PTSDと直接は書いてにゃーです。

※アップ直後に追記:なぜか文科省PDFへのリンクが切れています。(数時間前まで、つながってたんだけど)

大阪の精神科医が書いたという文書への反論は、引用した地下猫さんの発言だけでも十分だと思いますが…。『「精神科医」の発言ソース』と、ストレス関連疾患などについて、いくつか補足をさせていただこうと思いました。
元エントリーの日付の方のコメント欄(はてダの仕様はどうも分かりにくい)に、件の文書を書かれた精神科医が直接コメントを寄せています。

津波地震PTSDが引き起こされることはありますから、この時期にPTSDが話題になり、関心が高まるのは当然のことだと思います。しかし、この文書(タイトルは「放射能を正しく理解するために」)では、「心配事やストレスは心身の不調を引き起こします」と述べた後にPTSDについて述べ、そのすぐ後で「放射能のことを必要以上に心配しすぎてしまうとかえって心身の不調を起こします」と書いています。これでは「放射線のことを心配しすぎるとPTSDになる」という誤解を引き起こしてしまいます。
文科省がこの時期にこのような文書を発表することに問題を感じ、face bookの「福島第一原発を考えます」というグループで発言しました。

お名前などはあえて引用しませんでしたが、(コメントがご本人のものであるならば)大阪在住の精神科医であることは確かなようです(専門分野は統合失調症)。そして、元の文章はface bookの「福島第一原発を考えます」というグループへの投稿だと書かれています。ちなみにこのグループは、あの木下黄太氏が立ち上げたグループとのこと。同じ文章は木下氏のblogにも転載されていました。
ー木下黄太のブログー「放射能恐怖症」をでっち上げようとする文部科学省へのある精神科医の抗議

元エントリの中で、精神科医氏(タイポではありません)は、トラウマティックストレス学会が特設blog内で発表した「原発事故による避難者/被災者のメンタルヘルス支援について(PDF注意)」という文章を紹介していますが、同じblogに3月24日付けで以下のような文章があります。

放射能災害がもたらす不安への対処

原子力災害が与えるメンタルヘルスへの影響
放射能が与える心への影響はとても大きいです。放射線は目に見えなくて、どのくらい被爆したかが自分で評価できません。そのため、「被曝したかも」という脅威だけで、猛烈な恐怖を起こします。過去の事例を参考に、その影響をまとめてみました。

・被曝したと思う者は、実際に被爆していなくてもそれ相応の行動をとる
避難、病院受診など
医療者の説明が入りづらい
医療機関には、不安にかられた人々が実際の受傷者以上に受診する
医療機能のパンク
多数の精神科事例が発生しうる
不安、身体化が前面に出やすい
身体症状と精神症状との区別が難しい
ストレス反応症状(再体験、回避、過覚醒)は比較的出にくい
人々の反応を決めるのは情報発信者の情報の伝え方(リスクコミュニケーション)
望ましい情報の伝え方 ⇒ 正確・迅速・透明性
望ましくない情報 ⇒ デマ・集団パニックを引き起こしうる
過剰な情報 ⇒ 不安を増強させる
・もっとも効果的な治療は「情報」
情報を複数箇所から入手して情報の精度を高める
放射能汚染を抑える方法を学ぶ
科学的データに基づく安心感の回復(放射線量測定、血液検査など)

また、不安に駆られた人に、どのように接すればいいのか、当委員会の委員であり、JCO事故で地域支援を行った経験を持つ武蔵野大学小西聖子、藤森和美がまとめました。
原発事故による避難者/被災者のメンタルヘルス支援について(PDF)
子どもたちの放射線被害を心配する保護者や教育関係者の皆様へ(PDF)

※強調は引用者による

今まさに、上記で心配されているようなことが起きています。精神科医であるならば、このような文章をこそ拡散するべきではないでしょうか?(同エントリの最後尾にリンクしてあるPDFも必読)

精神科医氏は、元エントリにおいて

PTSD心的外傷後ストレス障害)は過去の心的外傷が原因で発症しますから、現在進行形の事態に対してPTSDを持ち出すことはそもそもおかしな話です。

だから、PTSD(外傷後ストレス障害)と結びつけるべきではないといっています。しかし、精神科医ならば、ここでASD(急性ストレス障害)という疾患名が思い浮かばないはずはないのです(もし、思い浮かばなかったとしたら…)。PTSDASDの違いは発症時期(というか、診断時期)と、ASDの方が解離性の症状を示しやすいことぐらいで、後はほぼ同じです。そして、初期のケアが上手く行かなければASDからPTSDへ移行しやすいことも知っているはずです。
また、過度のストレスは、胃痛、食欲不振(あるいは昂進)、便秘、下痢、不眠、頭痛、目眩、発熱、アレルギー疾患の憎悪、高血圧、動悸など多くの症状を引き起こし心身の不調を招きます。高じればストレス関連疾患にも結びつく可能性があります。これらのことは、私が言うまでもなくよくご存じのことだと思うのですが。

結局のところ精神科医氏が、PTSDを否定してまで言いたかったことは、以下の文章に尽きるようです。

チェルノブイリの事故の後、心身の不調を訴える人々に対してソ連
放射能恐怖症」という精神科的な病名をつけて、
放射線被曝の後遺症を認めようとしなかったことがありました。
それと同じことが日本でも起こるのではないかと心配しています。

福島県の被災者の方達は、震災、津波原発事故という、ひとつでもPTSDになり得る体験をしています。これ以上の不安を煽ってどうするのですか?精神科医氏の文書は多くのblogに転載され、まだ広まり続けているようです(8月末に掲載しているblogもありました)。精神科医がそれと名乗って書いた文章でなければ、これほどの広まることはなかっただろうと思います。